【最新】山内惠介に3人の彼女がいた!?いっちゃん以外に他は誰?

山内惠介の彼女は、いっちゃんと、他は誰なの?

【最新】山内惠介に3人の彼女がいた!?いっちゃん以外に他は誰?

演歌界の貴公子「山内惠介」に 3人の彼女がいたというウワサが飛び込んできました!?

 

具体的な情報ですが、まず1人目が「いっちゃん」というのは、わかりました。

 

しかし、気になるのは残る2人です。

 

誰なんでしょうか??

 

早速、この「モヤット」したウワサを解明するべく調査し記事にしました。

 

洗いざらい調べたことを書きましたので最後まで見落とすことなくご覧ください。

 

【 目 次 】

 

山内惠介の彼女は、いっちゃん?あと2人いるウワサって本当?

 

先に結論から伝えます。

 

答えは「ノー」です。

 

今回の件は信憑性の無いたんなるウワサです。

 

山内惠介さんに限らず 彼女としてウワサされた相手にとっては とんでもなく迷惑なウワサでした。

 

 

彼女としてウワサされた相手。

 

 

1人目「いっちゃん。」

「演歌な、いっちゃん」で検索すると出てきます。

 

プロフィール部分を注目して下さい。

 

いかがでしょうか?

 

性別部分に男と書かれます。

 

ちなみに「演歌な いっちゃん」は、山内惠介さんを応援しているファンです。

 

男であり応援してるファンであることから彼女では無いとハッキリ言えます。

 

 

2人目「いっちゃん」

なんと、2人目も「いっちゃん」です!?

 

それは、演歌歌手の市川 由紀乃さんでした。

 

ウワサとなった理由ですが TV番組で仲良くデュエットしてたからです。

 

それをある掲示板にて熱愛みたいな書き込みをしたのが原因でした。

 

こんなことで熱愛と書き込むなんて、あきれてしまいますネ(笑)

 

3人目「三井 悠加」

 

読み方→みつい ゆうか

山内惠介さんが所属する三井エージェンシーの社長の娘さんです。

 

ウワサになってる彼女としては有力候補でしょう。

 

そのウワサの原因となったのが、この1枚の写真がキッカケでした。

 

2013年にロサンゼルスでスタッフさんが撮影したものです。

 

三井悠加さんはマネージメントとして同行してたことはあるけど、熱愛関係は全く無いです。

 

 

女性絡みのスキャンダルが無い理由は山内惠介の過去を知ればわかります。

 

さて ココからは「山内惠介さんについて過去から振り返ってみよう!」ということで特別な内容を語っていきます。

 

ぜひ、じっくり読める状態を準備して涙拭くハンカチを用意してから読んでいただきたいです。

 

では準備ができましたら読み進めてください。

乳児期

 

お腹に宿して生まれてくるまでの間は母の大好きな美空ひばりさんの音楽を胎教として聞きながら育ちました。

 

そして1983年5月31日に男3兄弟の末っ子として誕生。

 

体重は4600グラムという大きな赤ちゃんです。

 

幼少期

 

生まれた後も毎年かかさず母に連れられて美空ひばりさんのコンサートへ出かけていました。

 

山内惠介さん自身

  • 5歳ぐらいの頃からの記憶は残ってる。
  • 母のヒザの上で座って観てた記憶がある。

と言ってます。

 

生まれる前から母と共に聞いていた美空ひばりさんの歌。

 

5歳の時にはフルコーラスで歌えてモノマネできるレベルになってました。

 

しかも親戚の前などで歌ったりしてたそうです。

 

この頃の山内惠介さんって歌うことの楽しさを存分に吸収していた時期なんですネ。

 

とくにモノマネっていうのが気になりました。

 

(^^) ぜひ見たいもんです。

中学生期

 

乳児期から聞いていた美空ひばりさんの歌の影響で演歌好き。

 

友達の影響でJ−ポップも聞いたりしたけどブレることなく演歌に、どっぷりハマって行きます(笑)

 

放送部で活動してた時には美空ひばりさんの曲を流したとか。

 

(*^^*) 山内惠介さんが演歌好きってわかる微笑ましいエピソードですネ。

高校生期は運命的な出来事が起きる年。

 

それは高校1年生(1999年)の時である。

 

伯父が勝手に応募したのが理由でカラオケ大会に出場することになる。

 

結果は優勝。

 

 

実は、このカラオケ大会には代表作に「人生いろいろ」や「珍島物語」などを作曲した中山 大三郎さんが来るはずでしたが諸事情で欠席。

 

代わりとして水森英夫さんが審査員となったのです。

 

この大会後に水森英夫さんにスカウトされ翌年(2000年)に上京。

 

そして2001年に「エンカな高校生」をキャッチフレーズにレビューします。

 

後に水森英夫さんは「女心を切々と歌っちゃう男子高校生」と記者にコメントしてます。

 

(^^)/ この女心を切々と歌えちゃうのは乳児期から聞いたり歌ったりしてた美空ひばりさんの歌が、いい影響をしたのだと僕は思います。

 

ここまでは偶然の出来事や出会いから トントンとデビューまで行きました。

 

しかし、このデビュー後からは売れないというツライ現実にぶち当たることになります。

 

デビュー後

 

「エンカな高校生」というキャッチフレーズで鮮烈なデビューをしたが時間が経つにつれ世間からは忘れられてしまいました。

 

このつらい状況の中、山内惠介さんは、ある決心をします。

 

それは親との連絡をたち「音信不通」になること。

 

なぜなら

  • 音楽活動に集中するため。
  • 自分が末っ子で母親に甘えてしまうから。

この2つの理由から6年も音信不通の生活を続けました。

 

ココで音信不通について僕が思ったギモン。

 

音信不通とはいえ音楽活動なら地方公演なんかで地元に行くこともあるはずです。

 

実家に行こうと思えば行けそうだし行かなくても身内なんかが来るんじゃないって思いました。

 

とくに親は会いたいだろうからゼッタイ会いに行くでしょ!ってネ。

 

このことについてTV番組の「徹子の部屋」で父親がビデオレターで詳しく語っていました。

 

キャンペーンなんかで来ていても本人に気づかれないよう遠くから眺めていた。

 

息子の強い決心を理解し本人の了解がでるまでは会わなかったとのこと。

 

山内惠介さんも歌手として売れるまでは実家にも戻らないと決めていたのでデビューし売れるようになるまでの6年間、とくに地元での公演だと、かなり辛かったんだと思います。

 

そしてコチラは母親が息子が音信不通になって、その後に本人にはナイショで とった行動です。

 

それをTV番組「徹子の部屋」で手紙にて打ち明けてます。

 

正確な住所もわからないまま、引越し先を探し回った。

 

ここかな、あそこかな、探し回った。

 

あちこちの玄関・ベランダと何度も何度も見て回った。

 

駅で若い男性を見ると恵介の面影が重なり思わず「惠ちゃん!」と声をかけてしまい我にかえったこともあった。

 

今となってみれば全ていい思い出です。

 

この時、何をたよりに東京で息子を探したのかというと「部屋の前に大きな公園がある」という情報のみでした。

 

 

この後の山内惠介さんの涙には僕も、もらい泣きです。

 

涙には音信不通だった6年間の辛さを物語ってると感じました。

 

改めて「山内惠介に3人の彼女がいる!?いっちゃんと 他は誰なの?」について考える。

 

これまでの過去を振り返るかぎり、かなり真面目で決心したことは変えない強い心の持ち主です。

 

なので今回の「彼女が3人いた」とか「いっちゃんが彼女だった」というウワサ。

 

こんな事で世間を騒がす人物では無いと言えます。

 

そして、ふしだらなことで報道される心配もないでしょう。

 

 

なぜなら、山内惠介さんが自分のことを理解し行動してるから。

 

「デビュー当時は、鼻につくくらい生意気で根拠もなく自信過剰で、大人の言うことを聞きたくなかった」と。

 

そんなことではダメだと行動を変えたわけです。

 

 

それが、よくわかるのがトーク番組や歌謡ショーのMCに対する話し方。

 

見ていると、よくわかるけど丁寧で腰が低いんです。

 

ぜひ、TVで出演した時なんかチェックしてみてください。

 

(^^) ほんと 丁寧で腰が低いんですよ。

 

 

実は この丁寧で腰が低いことについて、もうひとつウラ話しが、あるんです。

 

それは、山内惠介さんが帰省して帰る日の当日。

 

玄関から出ようとする息子の後ろから、父が「惠介」と呼びます。

 

本人は

  • 「風邪(かぜ)、ひくなよ」
  • 「声からすなよ」

と声をかけられると思い振り返ります。

 

そして父が言ったのが

 

「天狗(てんぐ)に なりなさんなよ」

 

これは本人が予想したものとは違い、大変おどろいたとのこと。

 

そして、この時にかけられた言葉を常に意識し行動してるんです。

 

 

僕は山内惠介さんのイメージを若さを武器に、おばちゃま達に人気のある歌手というふうにしか見てませんでした。

 

しかし本人がこれまで活動してきた過去を知ったうえで見る必要があるということ。

 

この記事を書くにあたって、そのことに気づくことができて、よかったです。

 

(#^.^#) なので記事を書き終えた今では山内惠介さんの大ファンとなりました。

 

今後も山内惠介さんの益々の活躍を期待してます。